2021年に、東急株式会社がラヴィエール事業という新たな事業を開始した。それは、近年関心が高まるエルダー・シニア層の「ライフエンディング」に焦点を当てたものである。ここで提供予定のデジタルライフプランニングサービス「Hiraql(ヒラクル)」のローンチに合わせて、「死」をテーマに掲げたチャレンジングな展覧会「END展」とタッグを組むことになった。本稿は、超高齢社会を迎える現代日本の「死」をどう捉えるべきか、東急株式会社の東浦亮典、東急ラヴィエールの石寺敏、そして「END展」キュレーターの塚田有那、展覧会の企画母体「HITE-Media」代表の庄司昌彦と座談会を実施した。
塚田有那(以下、塚田)|まずは、なぜ東急株式会社がライフエンディング産業に参入し、人生のあり方そのものや、人の「心」を扱うような事業を始めるに至ったのか、その経緯を教えてください。
石寺敏(以下、石寺)|事業活動を通じて、街づくり、日々の生活全般に携わり、美しい時代を目指してきた企業集団として、時代の要請に応じた当たり前の流れなのではなかろうか、と捉えています。東急株式会社(以下、東急)は100年にわたって街づくりの事業を行ってきました。具体的には田園調布周辺に始まり、交通、住宅や商業施設、オフィスなど、人々が豊かに暮らせるような「手段」を提供してきましたが、社会の大きな転換期となり、2019年に発表した長期経営構想*にもありますように、街も社会も経済も成熟した現代日本では、「手段より目的、機能より意味、ハードよりソフト」がより大切な時代になってきたと言われます。そんななか、ラヴィエール事業をスタートしました。
〈ラヴィエール事業のイメージ画像〉
東浦亮典(以下、東浦)|私が東急に入って間もない頃は、「葬祭ビジネスは暗い」という意見もありました。しかし、それから30年ほど経った今では、当時のニュータウンが既にオールドタウン化しているという状況があり、必然的に終活や葬儀についての需要も高まってきています。そこで「最後の人生」をバックキャスティング的に考え、より良いものにしていくためのサポートがしたいという動きが社内で強まりました。「仕事をリタイアしたら人生の舞台から降りる」という固定観念を取り払い、その後に残された数十年もいきいきと暮らせるような仕組みを展開していきます。
塚田|事業を始めるにあたって、現在のライフエンディング産業を調査されたかと思うのですが、その際に感じられたことはありましたか?
石寺|東急は、交通事業も街づくりの一環と考えるようなところがあり、街というのは、生活そのもの、社会システムそのものなんですよね。少子化・高齢化・都市化が進み、社会やコミュニティや価値観も大きく変わってきているのに、ライフエンディングの分野はまだまだサービス産業として未成熟であり、生活者からするとブツ切りで不便、昭和的な価値観がまだ強いという声が多く聞かれました。
これまでにも、シニアレジデンスなど東急が高齢者層向けに行ってきたサービスの事例はありますが、“今ここ”に生活している方々が必要としているものという観点では、まだまだ提供しきれていない部分が多くありました。たとえばお葬式自体は「ご家族の死をきっかけとした大きな生活環境変化の入り口」に過ぎず、その後にも膨大な手続きや、心の整理整頓が待っているはずなのに、そのアフターケアに寄り添うサービスがまだ世の中に足りていないと感じています。
東急ラヴィエールでは、「わくわくするセカンドライフの創出」「ライフエンディングのサポート」「『シニア=デジタルは苦手』という固定観念払拭」という3点にチャレンジしたいと考えており、5月12日から提供を開始するWebサービス「Hiraql(ヒラクル)」は、その第一歩と考えています。変化の大きく不確実な時代を迎えるにあたっては、企業の役割も変わってくると思います。企業と生活者は、旧来の売る企業・買う消費者という一方通行の関係性ではなく、企業も生活者も、社会の変化や生き方についてともに考え、新しい時代を一緒に創り出していくことが必要になるでしょうから、「Hiraql(ヒラクル)」は、そのようなプラットフォームを目指して、死について漠然と考え始めるタイミングから、次世代の家族の安心まで、広くカバーできるよう尽力したいと思っています。
東浦|親族が亡くなったとき、その後の暮らし方や心のケアなど、誰に頼れば良いのかわからないという問題もありますね。これは私個人の話題になりますが、今年父が亡くなった時に、遺言などもなかったため、父が死後どうしてほしいかまったくわからないという事態を経験しました。死後の話題は面と向かって共有できる機会がなかなかないので、いざというときに、亡くなった本人がどのような意思を持っていたのか分からないんですよね。
塚田|その通りですね。また介護や延命治療など、亡くなる前の段階にも考えるべきトピックがたくさんありますね。私の祖母の例を挙げると、もう90歳を超える高齢になって介護施設を転々とせざるを得なくなったとき、「長生きしてね」という声だけをかけるのが果たして正解なのか、すごく悩んだ覚えがあります。もっと、祖母がどんな風に死を迎えたかったのか、死後はどうしてほしいかを話す必要もあったのではないかと。
東浦|ここから「END展」の話に移りたいと思いますが、最初のきっかけは私が出会った一冊の本『RE-END 死から問うテクノロジーと未来(以下、RE-END)』(編著:塚田有那・高橋ミレイ/HITE-Media)でした。ちょうど医療や生命など「死」にまつわる分野に関心が高まっていた時に見つけまして、読んでみると、死生観に対してこのようなアプローチがあったのかと目からウロコなことばかりでした。その後、書籍と関連して開催された展覧会「END展 死×テクノロジー×未来=?」(2021年11月、ANB Tokyo)も拝見して、「今後どのように生きていきたいか」というテーゼを様々な角度から投げかけてくれるところが、ラヴィエール事業にとてもマッチしているプロジェクトだと思ったんです。
塚田|ありがとうございます。この書籍と展覧会は「HITE-Media」という研究プロジェクトを母体に制作したものです。
庄司昌彦(以下、庄司)|HITEとは「Human Information Technology Ecosystem(人と情報のエコシステム)」の略称で、いま情報技術が発達していく中で、テクノロジーと社会の関係性に着目し、開発段階から社会ではどのような準備が必要か、そのとき社会はどう変わるのかということを領域横断的に考えるという目的のもと研究活動が行われています。
その中で私たちは、異分野の人が交わり相互にディスカッションをする機会を創出し伝える場として「HITE-Media」を立ち上げ、WEBメディアやシンポジウムなどを展開してきました。
塚田|なぜそうしたHITE-Mediaが「死」というテーマを選んだのかというと、一概に「未来社会を考えよう」といっても想像しにくいと思ったからなんですよね。もっと、一人ひとりが当事者意識を持ち、考えられる状態をつくりだせるテーマは何かと考えたときに、誰にでも100%起こることとして「死」に焦点を当て、問いかけていきたいと思いました。
庄司|私たちがプロジェクト創始当初から一貫して大切にしていることが、まさに「問い」なんです。社会にどうテクノロジーをなじませるか、とは大きく言えば「生」の在り方について考えているわけですが、それを「死」から逆算して考えてみようという試みです。また、HITE-Mediaではこれまでもマンガの特性を活かした情報発信を研究してきたのですが、「END展」を通して作品と触れ合っていくうちに、マンガの魅力の真髄とは、想像力豊かな未来社会などの「設定」だけではなく、「人の感情を動かす」というところにあるんだと認識するようになりました。そのためにストーリーや絵力、コマ割りなど、表現の至る部分が考え尽くされている。つまり、マンガは自分ごととして捉えられるパワーを持ったメディアなんです。
マンガやアートを軸に、生と死について考えを巡らせることができる「END展」。後編では東急とHITE-Mediaがコラボレーションすることになった経緯から、今回の「END展」の見どころ、そしてデジタルを有効活用しながら「死」について考えを巡らせるための、今後のプロジェクトの展望が語られます。
文/須藤菜々美 撮影/三田村亮