2022.05.12

人の死と向き合う事業へ。東急ラヴィエールと「END展 死から問うあなたの人生の物語」の試み(後編)

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文/須藤菜々美 撮影/三田村亮

普段あまり考えることのない「死」について、それぞれの想いをカジュアルに共有できる場づくりを目指す展覧会『END展 あなたの人生の物語』が、5月27日(金)~6月8日(水)にiTSCOM STUDIO & HALL二子玉川ライズで開催される。東急×HITE-Mediaの後編では、コロナ禍で人々の孤独化が進む中で、どのように共同体を形成し、新たな生き方のロールモデルを提供することができるかを語る。

デジタル時代は、死後もデータで生き続ける?

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塚田有那/編集者、キュレーター。一般社団法人Whole Universe代表理事。

塚田有那(以下、塚田)|前編では、葬儀は「死の入り口」に過ぎず、その後も膨大な手続きがあるというお話がありました。この手続きをよりスムーズに行えるようにするためは、デジタルデータの活用方法が肝となってきそうですね。

東浦亮典(以下、東浦)|データ活用の事例として、エストニアではあらゆる行政をデジタル上で行い、個人情報などのデータをアーカイブして管理する「電子政府」というシステムが確立されています。ここには、ソ連に長い間占領されていた歴史があり、いつ破壊されてしまうかも分からないフィジカルな記録に信用を置かず、国家や国民に関するデータをクラウドで管理するようになった背景があります。

これは、感染症の流行や気候変動などが頻発する、不確実な時代が今後も加速することを考えると非常に示唆的です。もしも予測不能な事態が発生してしまった場合でも、遺された人々は故人のデジタルデータをもとに行動をすることができますよね。

庄司昌彦(以下、庄司)|国家単位ではなく個人のレベルで言うと、2018年に立ち上げられた日本のベンチャー企業・MinD in a Deviceなども取り組んでいる「マインド・アップロード」という概念もあります。これは人間の意識を機械と統合させる研究で、亡くなった後も脳は生き続けるということが可能な世界を想像し、実現を試みています。また、人間関係もすっかりデジタル化しました。昔は、年賀状などで定期的な生存確認を行ったりしていましたが、今ではソーシャルメディア上で、ご遺族が亡くなった人のアカウントで代理発信し、その事実を知ることも少なくなくなりました。

石寺敏(以下、石寺)|コロナ禍を経た生活スタイルの変化で、対面で話ができる機会が限られてしまうところを、デジタルのツールを使って補いながら、現代における中庸なつながり方を見つけていけると良いと考えています。自分ひとりで考えるだけでなく、周りとつながりを保ちながらも、同調圧力に押し付けられ過ぎないようなバランスの取れた関係性が理想ですよね。

東浦|コロナ禍を経て、お葬式もオンラインでつなぐようになった時代において、かつての規模や派手さを競うようなものではなく、個人の生き方をリスペクトして、次の時代の生き方を学ぶ機会として循環できると良いですよね。

塚田|そうですね。SNSの使用頻度が多い世代が「死」の当事者になっていくにつれて、死後データの扱い方についても議論がなされるようになってきています。たとえば本人がSNSのアカウントを公開したままにしたいのか、亡くなった後は誰にも見られたくないのかなどのポイントもありますし、今後は仮想通貨の取り扱いなど、「デジタル遺産」と呼ばれるものの範囲が広がっていくと思います。

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孤独化が進む時代で、どうコミュニティを形成できるか

塚田|いま超高齢社会で課題となっているのは、高齢者の方の孤立問題ですよね。特にコロナ禍以降、これまで連絡を取り合っていた友人とも直接会える機会が減って、疎遠になってしまうということが確実に起きています。

石寺|「いまどきの高齢者は若い」と言われますが、「高齢者」という概念の解像度を上げて、その内面に目を向けていく必要がありますよね。経済成長を最優先する資本主義的な社会規範や頂上を目指してひたすら登り続ける登山型の思考様式ばかりではなく、下山型の発想、つまり死生観、本当に大切なものや幸せ、生き方についても、もっと関心をもって向き合うべきだと思います。そのためにはもっと、私たち、世の中全般が、そのことに触れて、考える機会が必要です。

しかし、いざやろうとしても、日々の仕事に追われて考える時間がなかったり、話題にしにくかったり、という壁があると思います。そのひとつの解として、“人生100年時代における自分のこれから”について、歳を重ねることの魅力や意味を感じられるような、新たな老後のロールモデルをともに考え、見つけていくこと自体が、なにか社会に変化を起こせるのではと期待しています。

東浦|ニューノーマルな働き方によって、働いている時間とそうではない時間の境界が曖昧になり、自分のこれからの人生のスケジュールを、他でもない自分で設計・デザインしていくことにまだ慣れてないと感じました。その点「エンディングノート」を活用して、死ぬまでにやりたい10のことを書き出してみるなど、立てた計画に基づいて行動することを習慣付けると良いのではないかと思います。

石寺|人生のための学校といわれるデンマークの教育機関「フォルケホイスコーレ*」では、大学に進学する前の人や、社会人として働いた人が一度立ち止まって本当に好きなこと、学びたいことを見極めたり、自分の生き方について改めて考えたりでき、さまざまな国籍や年齢の生徒が集まっているそうです。「どう生きるのか」を生涯学習のテーマとして取り入れていくことが、裏返して言うと、どう終わるか、どう弔うか、どのように死と向き合うかを想像することにも接続すると思います。

塚田|第93回アカデミー賞で最多3部門を受賞した『ノマドランド』という映画作品がありましたが、そこでは様々なノマド生活をする老人たちが集う姿が描かれています。私はとても感動したのですが、老いた後であっても、新たな生き方の選択をすることは可能だというメッセージだと受け取りました。

庄司|今ではそのような多様な選択ができる時代だからこそ、たとえまだロールモデルがない人生だとしても、マンガや映画など、物語からイマジネーションを得て実現させることができます。人生のヒントとなる装置として、私たちは「END展」を企画しているのだと思います。

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庄司昌彦/武蔵大学社会学部メディア社会学科教授、国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員

二子玉川の地とEND展に期待すること

東浦|前回、六本木で行われていた「END展 死×テクノロジー×未来=?」を観に行ったときは、周りの環境も相まって「死」というテーマにしては比較的若い方も多く来られていたような印象を受けました。

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「END展 死×テクノロジー×未来=?」 展覧会風景

今回の「END展」は、会場が東急沿線の世田谷区と田園都市の接続点となり、アッパーミドルと言われる世代以上の方が多い街なので、前回とはまた異なる反応が返ってくるのが楽しみです。また、ちょうど移住第一世代といわれる方たちが高齢を迎え、子や孫の世代は別の場所へ移り住むというように、ニュータウンからオールドタウンへの変化の過渡期にある土地でもあります。そんな二子玉川で、どのような心の動きが醸成されるのか、とても関心があります。

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(右) 東浦亮典/東急株式会社 執行役員 沿線生活創造事業ユニット、フューチャー・デザイン・ラボ 管掌

庄司|地域特有の死生観として面白いなと感じたのが、『オオカミの護符』という記録映画と書籍です。これは今回の「END展」の会場からも近い神奈川県川崎市の宮前区を舞台にしているのですが、著者である小倉美惠子さんが実家で見つけた1枚の護符をきっかけに御岳山を巡る山岳信仰の謎に迫っていくという内容になっています。川崎市はすっかり都会というイメージが強い土地ですが、実は表には見えなくても「お狗さま」を祀る昔からの宗教文化がそこに染みついていることがわかるんです。

塚田|今では宗教に限らず、趣味や好きなものを追いかけることがある種の信仰かもしれなくて、そのようなものを通した結びつきも強まるかもしれません。やはり一度、自分自身で考えられる時間を、展覧会やサービスを通してつくることが死生観の形成のスタートを後押しできると思いますね。

東浦|今回の「END展」は、ぜひご家族と一緒に観に来ていただきたいですね。展覧会の中での問いに対しての回答は、たとえ家族であっても違いがあると思います。でもそれで良いんですよ。その後食卓を囲むときなどに「今日観に行ったEND展どうだった?」と反芻し合える機会が、5分でも10分でも生まれたら嬉しいです。または、同居している者同士でなくとも、隣居・近居の方に勧めてもらえるような空間になってほしいです。

庄司|私は「二度」来ていただきたいですね(笑)。まずはひとりで観るのも面白いと思うんです。言葉やマンガの表現に大きな力があるので、それと向き合って自分と対話を重ねる作業ですね。そして次は、誰かと一緒に来ていただく。その相手の反応を見て、感想やそれぞれの死生観などを共有し合うという作業を通じれば考えがさらに深まるのではないでしょうか。個々人が何を大切にしているのかを改めて捉え直すことで、どう生きるかということにもつながると思います。

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塚田|前回の「END展」では「100年後の死はどうなっていると思いますか?」という問いに対して来場者の方にアイデアを書いて貼っていただくボードを設置したのですが、今回もそうしたアウトプットの場を作ろうと企画しています。自分の考えを吐き出せるだけでなく、他の方の死生観も垣間見られるのは興味深いと思います。

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《TypeTrace / Last Words》(10分遺言) dividual inc.(ドミニク・チェン+遠藤拓己)
©あいちトリエンナーレ2019 / 写真:佐藤駿

また、今回出展予定の《TypeTrace / Last Words》(10分遺言)は、〈TypeTrace〉というタイピングで執筆するプロセスを記録し再生するというソフトウェアを開発したdividual inc.(ドミニク・チェン+遠藤拓己)の作品で、この仕組みを用いて集めた様々な人々の「最後のメッセージ」が再生される様子を鑑賞できます。

この作品では文章を打ち込むときに、どれくらい推敲したのか、消したり、躊躇ったりする様子を見ることができます。そうした人々の試行錯誤を目にするのも興味深い経験になると思います。こちらは2019年の「あいちトリエンナーレ」で初めて展示されて以来の国内展示となります。現在も「大切な人に最後の言葉を10分間で遺すなら?」というテーマでみなさんから10分間の遺言を募集しており、PCやスマートフォンから簡単に参加できるので、是非試してみてください。

〈10分遺言 特設サイト〉

石寺|そうですね。考えを吐き出せる、見られるというのは、功利主義的な合理性や、法律や常識といった理屈だけでは語れない、倫理的・哲学的な領域でもあります。何らかの根拠を示すのは難しくても、共通で大切にしたいものについて、考えを深められること自体が重要ですよね。企業活動においては、日常的に問題解決や“正解の答え”が求められる一方で、 “問い”の提起はないがしろにされがちなんですよね。その点、マンガやアートは感情に訴えかける特性を持つメディアなので、想いを存分に巡らせて、周囲と会話してみるきっかけになってほしいと願っています。

また、今日武蔵大学の教室をお借りして議論する機会をいただけたのは素晴らしいご縁で、学校と街は、概念として近いと思うんです。というのも、「学校」という言葉を聞いて、誰もいない校舎を思い浮かべるひとは少ないですよね。生徒がいて、先生がいて、入学式があって、運動会があって、文化祭があって、そういった教育カリキュラムも含めたすべて、型と中身、まさにハードウェアとソフトウェアが混然一体となったものを、「学校」と考えると思います。街も同じで、人々の日々の文化や生活そのものを指していると思います。街づくりを担う東急のなかで、東急ラヴィエールは、これからの時代のソフトウェアの部分に、より注力していく役割を担うと捉えています。

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石寺敏/東急ラヴィエール株式会社・代表取締役

塚田|今回の「END展」のコンテンツにアップデートを加えるにあたって、幅広い層の来場者に共感してもらえるよう、『天才バカボン』『釣りキチ三平』『カランコロン漂白記』など、往年の名作漫画も新たに展示する予定です。「死」は想像もつかない不安で怖いものかもしれないけれど、その印象を変えてくれるようなユーモラスなシーンを意識的にセレクトしました。

東浦|二子玉川周辺は、ビジネスの世界で活躍されている方が多いという地域性があります。合理的な選択や生き方に慣れている中で、ここ数年の社会変動による価値観の変化に戸惑うこともあるかもしれませんが、それは自分の常識を一度取り払って「もしも」を考える良い時間でもあるので、「END展」の理屈ではないマンガの力で、疑問や気づきをたくさん誘発してほしいと思います。

文/須藤菜々美 撮影/三田村亮

 

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『END展 死から問うあなたの人生の物語』
会期 【終了いたしました】2022年5月27日(金)〜 6月8日(水)
会場 iTSCOM STUDIO & HALL 二子玉川ライズ
住所 東京都世田谷区玉川1-14-1 二子玉川ライズ(二子玉川駅より徒歩3分)Google Map
開館時間 平日 11:00〜20:00/土日祝 10:00〜20:00(最終日は17:00まで)
入場料 無料(事前予約制/ご入場にはWEBサービス「Hiraql(ヒラクル)」への登録が必要です)
主催 東急株式会社、東急ラヴィエール株式会社、一般社団法人Whole Universe
協力 HITE-Media、Bunkamura、二子玉川ライズ、
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)

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